黄金コンビ - ロシア絵本

ロシアの名作絵本を生み出した代表的な挿絵画家の一人と言えば、ウラジーミル・レーベジェフである。そして、レーベジェフを語るうえで欠かせないのが、児童文学作家のサムイル・マルシャークとのコンビ作品である。

黄金コンビ - ロシア絵本1

彼らがコンビを組んだきっかけは、1922 年に設立したラドゥガ(虹)出版社で仕事をしていたマルシャークが、レーベジェフの挿絵を見てスカウトしたことに始まる。1920年前半にネップ(ボリシェヴィキ独裁新政権)が導入され、数多くの出版社が登場した頃に、ラドゥガ出版社が創立し、レーベジェフとマルシャーク、つまり作家と画家の共作がスタートする。

1920 年からロシア通信社がアジプロ運動のメディアとして活用した風刺的政治ポスターであったロスタの窓にロシア未来派の作家が制作に参加していて、レーベジェフも同じく制作に従事していた。1922 年に発表された作品「子像」では、商業ポスターなどで使うシンボルやアイコンとキャッチフレーズを組み合わせて視覚に訴えるというロスタの窓で培った表現方法の経験が活かされているのがわかる。そんな斬新で洗練されたレーベジェフの作風がマルシャークの目に留まったのは言うまでもない。

黄金コンビ - ロシア絵本2

レーベジェフとマルシャーク黄金コンビ合作で初めて発表された作品は、1925 年にラドゥガ出版社から出された「アイスクリーム」と「昨日と今日」であった。またその頃レニングラードに国立出版所の児童書部門が設立され、サムイル・マルシャークはこの児童書部門の文学顧問であり、児童雑誌「マヒワ」と「ハリネズミ」も創刊した。一方、挿絵画家として活躍していたレーベジェフはマルシャークの推薦により美術顧問となり、才能ある若手を数多く育て教育者としても優秀であった。

黄金コンビ - ロシア絵本3 ロシア絵本は革命後から15 年のあいだ、目覚ましい発展をし、数々の名作を残した。このとき最も活躍したレニングラード派、すなわち文学作家と芸術家が集まって絵本の王様と呼ばれていたウラジーミル・レーベジェフの下で傑作を生み出した流派、レーベジェフ派であった。その派にはコルネイ・チュコフスキーとコンビを組んだ挿絵画家ウラジーミル・コナシェーヴィチもいた。チュコフスキーは、マルシャークと双璧を成す作家である。コナシェーヴィチと制作した最初のコンビ作が1924 年にラドゥガ出版社から発表された「ムルカの木」である。

その後、レーベジェフ派には動物物語で有名なヴィターリー・ビアンキやエフゲーニー・チャルーシン、ユーリー・ヴァスネツォフなどが参加する。絵本における挿絵の重要性が認識され、作品制作において文学作家と挿絵画家の強い信頼関係が築かれたことで、ロシア絵本史上、黄金コンビによる傑作が次々と誕生したのである。