デザイン王国 北欧の絵本

マルチに活躍したスティグ・リンドベリの絵本

マルチに活躍したスティグ・リンドベリ

スウェーデンを代表する陶器デザイナーであり、テキスタイルデザイナー、グラフィックデザイナーとして知られるスティグ・リンドベリ

リンドベリは1916年スウェーデンのウメオ生まれ。ストックホルムにあるコンストファック国立美術大学で学んだ後、1937年にグスタフスベリ社に入社し、アートディレクターのヴィルヘルム・コーゲの弟子となり、デザイナーとして活躍。1945年にはコーゲと、ろくろの名工であるベルント・フリーベリと三人でNK百貨店で合同展を開催するなどグスタフスベリの三大巨頭と呼ばれた。リンドベリがデザインした代表的な陶器は日本でも絶大な人気のある「ベルサ」や「スピサ・リブ」など。

グラフィックデザイナーとしても活躍するなど国際的に認められた芸術家であるリンドベリは世界各国で活動し、1958年には日本の西武百貨店の包装紙デザインも手がけた。また、創造性に富み、イラストの評判も良かったため絵本制作もたずさわっていても不思議ではない。スウェーデン国内では、素晴らしいイラストを描いた名作絵本を出版していたことでも知られている。

1947年に初めてスウェーデン人気児童文学者のレンナート・ヘルシングとのコラボレーションによる「Nyfiken I en Strut お菓子袋の中の好奇心」を発表。その翌年に再びヘルシングとのコンビ作品として、「Musikbussen にぎやかな音楽バス」で大成功を収める。1957年には日本でも馴染みのあるベストセラー作品「Krakel Spektakel Koper en Klubba ちゃっかりクラケールのおたんじょうび」、1959年に「Daniel Doppsko びしょぬれ靴のダニエル」が誕生する。

日本で陶器やガラス製品など北欧ブームの火付け役となった一人であり、グラフィックデザイン、陶器デザインや絵本制作など様々な分野でマルチに活躍したリンドベリが生みだした人気の名作は80年近く経っても色褪せず、コレクターをはじめ北欧食器ファンからも絶大な人気を博し続けている。

愉快なストーリーと可愛らしいイラスト溢れる北欧絵本

ユニーク溢れるイラストが人気のポール・ストロイエル

» ユニーク溢れるイラストが人気のポール・ストロイエル

「クラケール」シリーズを生みだした児童文学者レンナート・ヘルシングですが、リンドベリの他にコラボレーションした作家がいる。その作家とはヘルシングの愉快でシュール、そしてリズミカルな言葉に合わせて描かれるユニークなイラストでを人気を博したポール・ストロイエルがいる。

1948年にスティグ・リンドベリとの作品「にぎやかな音楽バズ」を発表したあと、ヘルシングは次回作「スンマ・スマールンム Summa Summarum」を制作し、再びリンドベリにイラストを依頼する。 しかし、リンドベリから断られてしまう。そのとき、ポール・ストロイエルが引き受けたことで本作を発表することができたと言われている。その後はポール・ストロイエルの名作とされる「ABC」や海賊を主人公にした「Sjo Rovar Bok」などヘルシングとのコンビ人気作品を次々と発表する。

» その他の人気北欧絵本作家

スウェーデン・デザインの礎を築いたグラフィックデザイン界の巨匠と言えば、オーレ・エクセルがいる。 ミッドセンチュリーに活躍したグラフィックデザイナーであり、イラストレーター、文筆家である彼は、企業ロゴやパッケージデザイン、絵本制作など多岐に渡り活躍。アメリカのグラフィックデザイナー、ポール・ランドの妻アン・ランドとコラボレーションした絵本「Edward and the Horse」(エドワードとうま)では、楽しくて可愛らしいアン・ランドのストーリーとグラフィック・デザイナーのエクセルが描く線画と洗練された色使いのグラフィカルなイラストは人気の名作として有名。

そして、「おばけのラーバン」や「アンナちゃん」シリーズなど様々な人気キャラクターを生み出し、日本でもお馴染みの北欧人気作家といえば、インゲル&ラッセ・サンドベルイがいる。インゲル夫人はストーリーを夫のラッセはイラストを担当。楽しいストーリーとコラージュを使ってデザイン性豊かに描かれる作品を多く発表している。

北欧不朽の名作絵本

100年以上も読み継がれている名作を生み出し、北欧絵本の芸術性を高めたとされるスウェーデンを代表する絵本作家といえば、エルサ・ベスコフがいる。

ベスコフの作品は美しい絵だけではなく、お話の中に子供の自由を尊重するという考えが表現されている。その背景には女性教育家で社会思想家であるエレン・ケイに影響を受けていた叔父叔母のもとで暮らした頃に培われたといわれている。

少女時代から絵が好きで、画家を目指していたベスコフは芸術学校に学んだ後、小学校の美術の教師となる。結婚後、教師をやめて絵本や児童書の挿絵の仕事を始め、1897年に最初の作品「ちいさなちいさなおばあちゃん」を出版。
その後、「ペレのあたらしいふく」や「もりのこびとたち」など数多くの作品を発表した。1952年には、絵本や児童書のスウェーデン最高賞となるニルス・ホルゲション賞を受賞。